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在宅介護・同行二人
06春の日南探訪
恒例になった初春父との小旅行
今年は、
4月8日〜9日にかけ、日南を廻った。
先ず父が願望している「馬」の都井岬
それに併せて、修学旅行以来50年ぶりに
「海幸彦・山幸彦」神話の史跡を巡った。
実は予定は7日だったが
お天気が雷雨とかだったので
日延べしたが、何と快晴となった。
ま、風邪気味で微熱もあるので、
用心のため点滴を受け準備を整えた。
9:19 国分発 きりしま4号で10:51 宮崎着
もう少し早い電車があれば
もっとゆっくり廻れるのだが。
日南と潮嶽神社間でも有に一時間はかかる
ましてそこから都井岬へ南下するとなると。
宮崎で知人のマイカーに便乗して案内して頂いた。
先ず神武天皇の宮崎神宮へ詣でる。
参拝者もまばらで
のんびり車椅子を押して廻れた。
静寂な雰囲気のいいお宮だった。
境内に神武東遷の帆船を模したのか
木造の船が飾ってあった、
後で調べたら、
秋の例大祭で市内を練り歩くのだそうな。
日南の神社へ行く途中のお宮の境内の木陰で
のんびりお昼となった。
青島神社へ
日南海岸は、観光客で混雑していた。
午前中の参拝とは変わって
父も目を丸くしていた。
小学校の修学旅行以来の「鬼の洗濯岩」懐かしい。
晴天に恵まれて爽やかな風もあって
そう暑く感じなかったが
温度計は30度近くに跳ね上がった。
木陰で大好物のソフトクリームを舐め
父はご満悦だった。
過日見つけた北郷町
潮嶽神社へ約一時間の道のり。
ここは、
当地隼人族の始祖
海幸彦(ホオリノミコト)を
主祭神としている。
創建は室町末期だが、愉しみな探訪だ。
だが、宮崎に着いたのがお昼では、
ここに着いた頃はもう夕暮れ。
日南からたっぷり一時間の道中。
父は不平も云わず外を眺めていた。
潮嶽神社に着いた頃には日も傾きかけていた。
境内も薄暗くなりつつある。
大急ぎで撮影をして廻る
近くの社務所で
お話や、
都井岬への道順を伺っていたら
とばりが降り始めてた。
予定の潮嶽神社の王塚古墳(海幸彦の墓)は
探訪できず
今夜宿泊の都井岬へ急ぐ。
都井岬へは6時過ぎ、
道路には夕食時だろう、
親子連れの馬が多数出てきていて、
父も大喜びだった。
到着予定より30分程
早く午後6時半には宿に到着した。
長旅で父も疲れたことだろう。
今夜は早めに床に着いた。
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今日は宿泊地の都井岬から
鵜戸神宮そして玉依媛のご陵墓を巡る。
都井岬を9時に出たのだが
都井岬の灯台でしばし展望を。
と思ったが、、
もう黄砂の影響で
遠方は霞んで何も見えない。
浪は穏やかだ。
ついでに岬の突端の神社にも詣でた。
断崖の中間ほどにお宮があり、
参拝は下の方から行うようになっていた。
父にも潮風を味わい海を眺めて貰った。
鵜戸神宮に到着した頃はお昼時、
途中のコンビニで仕入れたお弁当を食べ参拝へ。
流石観光客が多い。それも団体さんが。
途中の吾平山の上陵にも登ってみた。
楼門をくぐった左側に
「鵜茅葺茅不合尊」のご陵墓があるので
父を楼門横に待たせここも参拝する。
登り15分下り10分
快いいい汗をかいて爽やかな気分になった。
ちょっと父を待たせたので寂しそうだったが。。
鵜戸神宮は小学の修学旅行以来、
実に50年ぶりの参拝となったが
特異な社殿だけに記憶の片隅に残っていた。
ここは撮影が可能なので
あちこち撮って廻った。
実際は夕暮れの夕日風景をと思ったが欲張っても。。
午後1時過ぎとなったので、
玉依姫を祀る「宮之浦神社」へ
この鵜戸神宮から1時間の道。
先にご陵墓と伝承される古墳をに参拝して神社へ。
小さなお宮だったが社務所があって宮司さんが居られた。
2時半過ぎだが一応これで予定は廻ったので、
都城へ送って頂く。
都城へ入ったが
なかなかJR駅への掲示が見当たらず。
結局西都城駅で降りたがここは
車椅子に対応していない。
押して都城へと思って伺ったら遠いと。
それではタクシーしかないなと
拾ったタクシーに帰りを話したら、
安くで行きますよと。
それならお願いしようかと、
即決で自宅まで。
途中ポツリ〜〜ときたが、
大降りにならずに助かった。
夕方5時頃帰宅となった。
父には乗換えが無くて好かったかな。
軽く夕食を済ませ早々に床に就いた。疲れた。
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2006年04月07日 旅行の予定だったが
今日から宮崎へ出かける予定だったのだが
昨夜の予報で「今日は午後雷雨」と云うので
急遽一日延ばしたが、、、
今のところ快晴。前線が太平洋にあるようで
夜半の雨もその影響のようだが。
明日、明後日は大丈夫そうなので予定通りでかけよう。
風邪で父も私も体調は十分ではないのだが
例年愉しみにしている小旅行だ。
夕方病院へ出かけた。
微熱と倦怠があって痺れ関節の痛みがあるので
用心のため点滴を。
500mlもしたら微熱も取れた。
ちょっと元気が出たかな。
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