- 療養で帰郷して早5年、寂れ行く吾が故郷、
昔のような活況を取り戻したいな〜と、
この8月地域振興を願って始めた、
『神話・伝承を辿って南九州を行く』
調査を始めたら、出るわ出るわ。。。(^_^)
- 現状の、観光ガイド的な掲載では、とうてい語り尽くせぬ
先人のまほろばに魅了され、我が祖先、熊襲(隼人)の偉業を
偲びつつ光りを充てたいと、『縄文の窓』というタイトルで、
装いも改に、スタートした。
- 飛行機で当地を訪れた方なら、既に御承知と思うが、
右に霧島連山の山並みを観て、正面に桜島を望む時、
翼を右へ旋回しながら、高度を下げると、眼下に山頂を
削りとった台地が大きく姿を現わす。
その台地こそ、俄に脚光を浴びている
『上野原縄文遺跡』の発掘現場である。
- この9500年前の集合住宅跡の遺構遺跡を初めとし、
南九州には、旧石器・縄文時代の発掘現場が、多数
存在するのだという。
- 地域振興・活性化をと、こい願う過疎地の夢を乗せ、
平成の初期から高速道路や幹線道路、
はては、新幹線の工事と、、、
開発、〜のラッシュである。
- 文明社会の利便性を優先したようなこれらの工事が
”先人の眠りを妨げた”、何と皮肉な取り合わせだろうか。
しかし、これにより、古代のロマンが花開いたことも事実。
何共複雑な心境である。
- 吉野ヶ里、三内丸山、、、とこのところの遺跡ブームで
辛うじて、『上野原縄文遺跡』は保存されることになった。
平成の初期に発掘された遺跡、中には、この上野原を凌ぐ
それより古い遺構もあったが、『開発』の藻屑と消えた。
- 一時期、もてはやされた ”列島改造論” が、
”急進しすぎで破壊列島になった” と反省の声が沸き返って
いるこの御時勢に、まさか破壊されるとは、夢想だにしなかった。
思えば、明治維新の廃仏毀釈で、当地の由緒ある仏寺が
気泡に期した、その轍をまた踏んでしまったのである。
- 今後、出現するであろう、これらの遺跡群を保存して
有効に活用する手だてを探り、市民の声を反映させる一助に
、このHPが利用されればと願ってやまない。
- 追記:
昔かじった”歴史読本”を覧ると、このところの
古代ブームばやりか、関連の別冊が目白押し。
早速、注文した。(参考資料にアップしたが未だ手元にはない)
1997年12月1日 記
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