南九州の情報を発信しています。 大隅半島古墳探訪 07/10/18
☆内城/☆唐仁古墳/☆大塚古墳/☆二階堂住宅/☆高山城跡/☆深井戸/


2007年10月18日・大隅半島古墳探訪

2007年10月18日・晴れ
pin.gif 大隅半島の太平洋岸に 点在する古墳を中心に 見学するとのことで参加した。
拡大地図を表示 父を入浴に送り出し いつもの歴史資料館に立ち寄ったら 何かと相談する先生が この探訪資料のコピーの 真っ最中だった。 そこでお話を伺ったら、 以前から探訪したいと念じている 古墳群だとのことで 即参加を申し込んだ。 ☆宝満寺☆ 唐仁遺跡や塚崎遺跡等 城跡を巡るのだそうな。 特に塚崎遺跡は、 隼人の墳墓と思しき横穴墳墓がある。 どんな構造か ビデオでも撮影できたらと思っている。 この数日前から 微熱が続いている風邪も 昨夜からの養生で 何とか体調は維持できている。 未だちょっと腹の調子が芳しくないが 冷たい物を避ければ大丈夫だろう。


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宝満寺跡
pin.gif 今日は最高の探訪日和となった。 八幡様横にある歴史資料館に 7時半前に出かけた。 三々九度先生方が集合され 定刻の8時貸切バスで発った。 途中牧の原で小用を足し 志布志の宝満寺跡には 10時過ぎに到着した。 ☆現地の学芸員の方がガイドを☆ 現地の学芸員の方が2人 説明のためお待ちだった。 500平米程の敷地跡には 寺院が建っていて 小高い丘を配し池が巡等され 石碑が点在していた。 あっという間に予定時間となり この寺跡から展望できる志布志城跡へ バスは向かった。 ☆宝満寺跡☆
 
4月29日:お釈迦祭り
パレード(金剛寺前) 10:30スタート 鹿児島の三大祭の一つ として知られるこの祭りは、 釈迦降誕を祝う祭りで、 宝満寺を中心に催されます。 当地方では ”しがっじょか” と呼ばれ 旧暦の4月8日 に行われていたが、 現在4月29日 緑の日に行われており、 花嫁を乗せた シャンシャン馬 は祭りの中心です。 ☆史跡パンフより☆
志布志探訪マップ


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武家屋敷(天水氏)・内城
志布志
pin.gif ☆天水氏庭園☆ ここでも 学芸員の方がお待ちだった。 先ず武家屋敷とその庭園を。 この庭園(天水あまみず)は 最近国指定になったとのこと。 ☆内城の山道☆ この屋敷の裏手にある 幾つかある山城の一つ 「内城」の小道を 落ち葉を踏みしめながら中腹へ。 現在 曲輪跡を発掘調査中のようだった。 築城年代は定かで無いようだが 山城としては 国指定遺構とは驚いた。 いつかゆっくり散策したいものだ。。

☆内城の土塁☆

☆内城の曲輪跡☆
 
■城の変遷・歴史■
■城の変遷■ 内城は、志布志城 (内城、松尾城、高城、新城の総称) の主体部であり、 肝付氏の没落による 天正5年(1577年)の 島津氏初代地頭鎌田出雲守政近まで、 およそ400年間豪族の興亡の 歴史を繰り返して います。 ■築城の歴史■ 志布志城の最初の築城年代は 定かではありませんが、 南北朝までは、 本丸と矢倉場といわれる曲輪のみであり、 新納氏の時代に中野久尾・大野久尾と拡大し、 内城本丸の山下に居館を置いていました。 戦国期に現在見られるような 直線連郭型式の山城となり常に 当地方の支配者の居城でありましたが、 徳川幕府の一国一城制によって 廃城となり今日に至っています。 このような城の構造は雄大で、 県下屈指の山城と呼ばれています。 ■布志城(内城)跡模型■ 尚、 鹿児島県歴史資料センター  「黎明館」には   県指定史跡  布志城(内城)跡 模型が展示してある。 ☆史跡パンフより☆


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唐仁古墳
pin.gif 学芸員の方にお礼をいい バスは一路古墳群へ。 実際は 最近 武人埴輪の出た 横瀬古墳神領古墳 を見学出来れば 良かったのだが一日探訪では。。 海岸側点在する これらの遺跡を横目に見ながら バスは唐仁古墳へ向かった。 ☆唐仁古墳☆ 唐仁古墳は流石に大きい、 車窓に迫ってくる。 ビデオを廻していたが かなりはみ出した。 前方後円墳で154mあるとか。 九州でも3番目の規模とか。 この辺りには 全部で130基以上散見される 一大古墳群を形成している。 当時 相当な勢力の豪族がいたことが伺える。 また遺物からは 朝鮮との交易の足跡も伺える。 残念ながら 石室は公開されていなかったが、 過去何度か盗掘され 原型を留めていないようだ。

☆前方入り口の鳥居☆

☆山神碑☆

☆前方〜後円☆

☆中央から後円部を見る☆

☆前方〜中央☆

☆説明板☆

No 遺跡名 呼び名 形態 所在地 推定年代 年代 遺構 遺物1 遺物2 遺物3 遺物4 遺物5 発見年 指定年 指定 公開 保存 破壊 摘要
k11 唐仁古墳 toujinotsuka 古墳 東串良町唐仁 古墳(5世紀中) 古墳・円噴多数(130上) 地下式竪穴式石室 舟型石棺(軽石) 短甲(鎧の一種鉄製) 1934 ○神社 墳長140m、濠まで含めて185m、高さ11m(規模では九州3位)


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大塚古墳
pin.gif

☆大塚神社鳥居☆

☆大塚神社由緒☆
唐仁古墳も大塚古墳にも 入り口付近に鳥居があった。

☆大塚神社鳥居☆

☆参道☆

☆手洗鉢☆
☆拝殿への石段☆

☆拝殿☆

☆本殿☆
大塚古墳の 後円部の頂上には 大塚神社が鎮座していた。 竪穴石室は (箱式石棺) この社殿の基礎下に あるらしい。 ☆石室☆ 約30cm位の石積 粘土塗固・朱塗 ☆棺外に短甲あり (横はぎ板鋲留) ☆後円部の径約100.8m ☆長径184.5m ☆高さ:約10.9m

社殿の床☆

☆社殿の床☆
隣の敷地には 民俗資料館があり 遺物が展示されていた。 ☆民俗資料館☆ ちょうどお昼となったので 志布志湾の突端にある 岬の食事所へ。 何か話でもあるかと思いきや 静かな食事となった。

No 遺跡名 呼び名 形態 所在地 推定年代 年代 遺構 遺物1 遺物2 遺物3 遺物4 遺物5 発見年 指定年 指定 公開 保存 破壊 摘要
k11大塚古墳toujinotsuk a古墳 東串良町大塚神社 古墳(5世紀中) 古墳・円噴多数(130上) 地下式竪穴式石室 舟型石棺(軽石) 短甲(鎧の一種鉄製) 1934 ○神社 墳長140m、濠まで含めて185m、高さ11m(規模では九州3位)


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塚崎古墳
pin.gif ☆歴史資料館☆ 歴史資料館は 畑の中に点在する 古墳群の一角にあった。 ☆歴史資料館☆ 先ず、 ここで学芸員の方に ご説明を頂いた。
☆展示室☆ ☆展示室☆
塚崎古墳には 「隼人の墳墓」とおぼしき 「板積石室」が あると聴いていたのだが、、 どうも勘違いらしく 「地下式横穴墓」だった。 ☆石棺☆ ここにも 妙見神社の 「青葉の笛」 が展示してあった。 これには感激した。 ☆青葉の笛☆ なんせ 実物を拝見するのは 初めてだから。 よくぞ大事に 保存して頂いたものだ。 熱いものが込み上げた。 ☆塚崎古墳群☆ 一通り歴史館の展示品の ご説明を伺って 待望の古墳群へ。 他方で 見かけるような円墳等は 見当たらない。

☆塚崎古墳群☆

☆塚崎古墳群☆
戦後の食糧増産施策で 畑に転換され原型を留めて 居ないのだという。 その古墳位置には 現在は石碑が建っている。 塚崎・花牟礼地区には 43基の古墳 が現存するそうだ。 中でも4基の 前方後円墳は 形態を留めているそうだ。 また、 地下式土抗 も残っているとか。 尚この地区の 地下式横穴古墳は 11箇所が 確認されている。 ☆古墳の跡には石碑が☆

No 遺跡名 呼び名 形態 所在地 推定年代 年代 遺構 遺物1 遺物2 遺物3 遺物4 遺物5 発見年 指定年 指定 公開 保存 破壊 摘要
k12塚崎古墳tsukasaki a古墳 肝属郡高山町野崎1936 古墳(5世紀中) 古墳・円噴多数 地下式横穴式石室 石棺(軽石) 短甲 石鏃 土器 1945 ○高山町歴史民俗資料館 歴史民俗資料館近辺の畑一帯


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二階堂住宅
pin.gif 二階堂住宅は 江戸時代の郷士の住居で 建築年代は文化7年(1810)とか。 国の重要文化財指定だが 保存が大変だろう。

☆二階堂住宅☆

☆二階堂住宅☆
予定時間がきたので 次の見学地へ。


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高山城跡
pin.gif 次に 「高山城跡」 へご案内頂いた。 広大な山城を展望できる場所で ご説明を伺った。 この山城も国指定遺跡とのこと。 この城の近くにも かなりの史跡が あるとの説明だった。 ここで今日初めての 記念撮影となった。 ☆高山城跡をバックに☆

☆全景☆

☆案内説明板☆




余談ながら
以前ここの遺物が
(石器・成川式土器・焼き物)
2006年の夏頃
ネットオークションに
出品されていたことがあった。


国指定高山城跡の遺物(石器・成川式土器・焼き物)」

その後
どうなったのか
お尋ねするのを
すっかり忘れていたが。。

今日も
志布志の内城跡
遺構から数点が
出土していた。
田舎の文化財への意識は
まだ低い。


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牧の原の深井戸
pin.gif 「高山城跡」で 一応今日の探訪は終わった。 バスは帰途に。 途中 牧の原の深井戸に 立ち寄った。 牧の原台地は 標高が150-200mある。 火山灰のシラス土壌だから 飲料水や灌漑の 水源の確保は一大事業 当時の労苦が 偲ばれる深井戸だった。

☆土持堀の深井戸☆

☆土持堀の深井戸☆
これだけの深井戸を どのようにして堀ったのだろうか 上総堀だろうか 竹を水車状にする この工法なら 材料には事かかないが。 今日の幹事を 勤められた先生の 若かりし頃のお話を 愉しく伺いながら 予定時間通り帰り着いた。 駆け足の探訪だったが 充実した一日となった。 感謝。


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