神社一覧
南九州
止上神社
尾牟礼山
| 鎮座地 |
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| 御祭神 |
| No | 神社名 | 位置所在 | 名称 | 祭神 | 摘要 | 備考 | ||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 3 | 止上神社 | 主祭神 | 日子穂穂手見尊 | 豊玉姫命 | 六所権現祭神 | *B霧島六所権現 | ||||
| 相殿 | 邇邇芸命 | 木花之佐久夜比売 | 鵜葺草葺不合命 | 玉依比命 | 六所権現祭神 | *B霧島六所権現 | ||||
| 境内 | 秋葉神社 | 南 | 斎火武主比命 | 奥津日子神 | 奥津比売神 | 火の神 | 三国名勝図会には無 | |||
| 境内 | 北 | 大隅命墓(隼人の首長:弥五郎?) | ||||||||
| 参道 | 三之社 | 南 | 豊姫命 (神功皇后の妹) |
磯良命 (海人・安曇氏の祖) |
||||||
| 参道 | 三之社 | 南 | 武禦槌命 (相撲の神)鹿島神宮 |
経津主命 (交渉・協議の神)香取神宮 |
事代主命 (大国主命のお子) |
*@ | ||||
| 参道 | 三之社 | 北 | 火照尊 (海幸彦) |
大隅命 (隼人の首長:弥五郎?) |
大己貫命 (大国主命) |
*A | ||||
| 尾牟礼山山頂 | 山神祠 | 六所大権現 | *B霧島六所権現 | 本尊薬師如来(錫杖院) | ||||||
| 神事・例祭 |
| 月 | 日 | 例祭名 | 概要 | 摘要 |
|---|---|---|---|---|
| 3 | 上旬 | お田植祭 | 田の神舞、剣舞 | 旧正月24日 |
| 7 | 御幸祭 | 神舞、地区を廻る | ||
| 由緒 |
■創建は不詳
■寛久10年():
止上権現御祭之事
■天文9年(1540):
止上権現御祭之事
■永禄7年(1564):
止上権現御祭之事
■慶長19年(1614):
知行目録
■寛永4年(1627):
修甫の覚書
■享保5年(1720):
本社宝殿再興
■享保9年(1724):
吉祥院へ祭神預り覚書
■享保21年(1736):
修甫のための遷宮次第
本社並びに両善神王
■元文元年(1736):
乗林寺 改築寄進
■元文4年(1739):
乗林寺 覚遍書写し寄進
■天和2年():
御高札式目
■享和元年(1801)
寺社方写書
■慶長19年(1614):
知行目録
■霧島六所権現の総社として鎮座
■景行天皇の熊襲平定や創建の伝承がある。
■古文書や神舞面・神王面など50数面保存
舞鶴城鎮護の五社大明神の一社
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| 概要 |
朱の鳥居(八幡型) |
古い鳥居(八幡型) 残欠で寛延二巳(1749)の石柱がある。 両脇に三社有 |
鳥居からみた境内 |
参道の祠 |
豊姫命・磯良命、 |
事代主命・武禦槌命・経津主命 |
秋葉神社の石碑碑文 |
秋葉神社の石碑隣にある手洗鉢 亨保拾七年(1732) |
参道の石碑(墓?不明) 弥五郎の墓? |
本殿と拝殿 |
拝殿 |
本殿 |
拝殿と御神体の尾牟礼山 |
尾牟礼山山頂付近 |
尾牟礼山山頂の石碑 古来は六所権現の石祠六個 |
石碑碑文(亨保18年:1733) |
お田植祭のべぶ(牛) |
お田植祭の田の神 |
べぶに砂をかける子等 |
2001:田植祭の神事(かゆ箸) こよなく愛された後藤さんも |
別当院「乗林寺」蹟 中央〜右 バックは尾牟礼山 |
別当院「乗林寺」住職墓 バックは尾牟礼山 |
奉納舞(復活した太鼓踊り) |
お田植祭の田の神 |
| 隼人の抗戦蹟 |
この塚は
「隼人の首塚」といい、
捕虜となって斬首された
隼人族の霊を慰たと云われる。
「猪切藪(ししきりやぶ)」
ともいう。
周辺の水田を
真板田(まないただ)
と呼び、
毎年、1月14日を狩猟の日として、
この日獲れた猪の肉を33本の串に差して
隼人の霊を鎮める祭りをしたと伝承される。
斬首された血で小川は
深紅に染まった.
その小川はいつしか
「手籠川(てごがわ)」
と呼ばれるようになった。
昔は、
「にえまつり」とか「ほぜさあ〜」ともいい、
正月14日の「餅の日」には、「ほぞえ祭」があったが。。
====>>「ほぜさあ〜」という名称で呼ばれる祭りとしては、
霧島神宮の秋の例祭(11/23)がある。
こちらはどちらかというと
『豊穣』「豊年感謝祭」の色合いが濃い。
# にえ(なえ)汁:野菜などは全て刻まないで煮る。
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| お田植祭 |
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| 考察 |
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| 旧修験道 |
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