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神社一覧 南九州


蛭子神社


蛭子神社


contents:

鎮座地/御祭神/由緒/神事・例祭/由緒/概要/考察


鎮座地

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  • 所在地:霧島市隼人町内木房
  • 連絡先:隼人町(0995-42-1111)
  • 交通 :
    • JR肥薩線日当山(ひなたやま)駅下車、歩2分
    • 林田バス 国分〜日当山〜霧島:木の房下車歩1分
    • 鹿児島空港から鹿屋行、京セラ隼人工場下車、歩2分

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    御祭神

    No 神社名 位置所在 名称
    祭神 摘要 備考
    2 蛭子神社


    蛭子尊




    大隅二宮 延喜式

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    神事・例祭

    例祭名概要摘要
    3初旬鍵 引き鍵 引き絡ませた大枝を両方から引き合い五穀豊穣を占う旧2月初め酉の日
    5上旬蛍の夕べ雅楽、ハーモニカ、他
    7最終日曜六月灯
    10最終日曜豊穣感謝祭奉納舞
    kagi


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    由緒

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     ねぎごとを 
    
    さのみ聞きけん杜こそ
     
    果ては 
    
    なげきの杜となるらめ
      
    古今集
    
    
    
    別名 奈気木(なげき)の杜 昭和天皇も 御参拝された 由緒のあるお宮です。 日当山(ひなたやま)温泉 の入り口にあり、 天磐樟船(あめのいわくすぶね) の神木と伝えられる 朽ち果てた樟の根株がある。 足の立たない 蛭児尊(ひるこのみこと) が 高天原(たかまがはら)から、 天磐樟船にのり漂着した地 とか伝承されている。 奈気木(なげき)の杜 の由来は、 イザナギ・イザナミノ命 が、 我が子の障害を 嘆き悲しんだことにある。 流された川が 『天降川(あもりがわ)』 と呼ばれ、 その源流は霧島の麓である。 この時、 無くした舵が流れ着いた地が、 現在の 加治木の浜で その地名(加治木町)が残る。 航海の神として信仰されている。 熊襲の七隈の一つ「笑隈」 はこの辺りを指す。 島津藩が 国分に「舞鶴城」を築城の折、 鎮護の大明神社の一社

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    ☆いかにせん 歎の杜は 茂れども
      木の間の月の かくれなき世を
      
         金葉集      清原 元輔
               
    ☆打絶て枯ぬと 聞きし木の いかにて
      歎の杜と成らむ
      
         詞花       藤原 秀茂
         
    ☆時鳥嘆の杜に 逢はすして 君が待夜は
      過にけるかな
      
         夫木集      後鳥羽天皇
         
    ☆枯にけり 人のこころの 秋風に
      果ては 歎の杜の ことの葉
      
         新読古今集    慈鎮
    
    


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    概要


    鳥居(正八幡型)

    拝殿

    拝殿

    拝殿

    桜満開のなげきの杜

    船の根株と大楠

    鳥居前の石像

    三国名勝図會
    この図會は天保の頃(1830〜1847:約270年前)
    宮内原用水の改修(1711〜)後で
    用水と水田が描かれている。

    社殿全景

    西郷隆盛が逗留した屋敷

    pin.gif 鏡 唐獅子銅鏡
    • 昭和36年6月1日: 社殿の修繕時偶然発見された銅鏡がある。
    • 現在歴史資料館に展示されている。
    • 1300年前の唐式鏡、 直径24cm、縁部高さ1.5cm、重量2.35kg
    • 中央の紐の周囲に8個の唐獅子、 外側に16個の霊獣が浮き彫り、 中間の環には古代文字刻印


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    考察

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    蛭児(えびす)さま

    といえば大阪が有名だが、 この神社は、歴史の波に翻弄され、 鹿児島神宮(正八幡宮)に次ぐ、 大隅二宮として、 深い杜にひっそりとたたずんでいる。
    1. 古来より伝承されている 熊襲の七隈の一カ所「笑隈」 はこの辺り一帯を指す。
    2. 国分諸古記の五社大明神の一社として 「二宮」がでてくるが、「寺社」には この「二宮」と「蛭子神社」が列記されていて、、
    3. 通称の「二宮」は、この「蛭子神社」にほかならない。
    4. 国道223号線参道の第一鳥居横に鎮座する石像は、 残念ながら刻印がない。 永年「地蔵尊」と云われてきた。
      • そこで五社大明神関連の神社を調査したら、 国分、敷根の「剣神社」に 形態・形状の全く酷似した「観世音菩薩」が鎮座していた。
      • 裏には「止上神社、乗林寺」の覚遍上人の文字が。。
      • いずれにせよもっと裏付がほしい。 例えば、石像の年代でも解れば。。
    5. 古記には、錦江湾沿いの漁村には 勧請したと見られる「蛭子神社」が散見されるが 現在は見当たらない。 多分、明治初年頃、他へ合祀されたのだろう。


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