同行二人

09/9/27:高原町
「皇子原古墳の彼岸花」

2009/9/27:
皇子原古墳


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県史跡 高原町古墳 地番 宮崎県西諸県郡高原町大字蒲牟田    字狭野3-115(2〜6号墳)    3-116(1号墳)     指定年月日 昭和19年12月15日 高原町古墳は、 別名皇子原とも呼ばれており、 皇子原神社を 中心に六基散在しています。 大正十四年 のトロッコ道開設時 に六号墳付近から 土器が出土したと云われています。 現状保存のため 発掘調査は実施していませんが、 現在残されている土盛りは、 五世紀後半から六世紀前半に作られた 西諸県地方特有の 「地下式横穴墓」 の墳丘と思われます。 高原町教育委員会 ohjibaru_kofun
地下式横穴墓は 宮崎県の一瀬川流域を北限として 宮崎市から砂土原にかけての丘陵部 えびの市から吉都線沿いの 大淀川流域から 川内川上流域 志布志湾沿岸部 に分布する


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09/9/27:
高原町「皇子原公園の彼岸花」
pin.gif 7時頃は晴れていた、 予報では 午後から晴れるとのこと この分なら 出懸けても大丈夫だろう。 今からだと 10時頃のかなと 時刻表を見たら 日豊本線経由高原行きが 接続が良さそう。 都城迄は特急利用で 無いと接続が悪い。 慌てて ビデオカメラの 充電を行った。 9時過ぎの特急で 都城乗換え 高原には11時前に着いた。 ☆高原駅 久々に マウンテンバイクを 組み立て、 先ず狭野神社へ。 途中で デジタルカメラの 電池を購入したが やはり コンビニは高いな。 しかし万が一無いと困る。 11時半過ぎ、 参道の鳥居を納めた。 ☆狭野神社 どうも 雲行きが怪しくなってきた。 しまった。 慌てて 準備もしないで バッグ持参したので 雨具を入れるのを すっかり忘れた。 余りゆっくりも 出来ないので 皇子原公園へ急いだ。 ☆皇子原公園 皇子原公園には、 12時過ぎに到着した。 一番手前の駐車場に マウンテンバイクを置き 彼岸花のある方へ あちこち眺めながら 歩いて行った。 ☆皇子原公園古墳の彼岸花 彼岸花は 何と古墳の一角に。。 満開を少し過ぎたのか 幾つか枯れた枝も。 曇天でおまけに暗い。 余り写真にはならない。 晴れ間を待っ て数枚のショットを。 人吉からお見えの方に 下の道路側が満開だと お聞きしそちらをまた数枚。 ☆皇子原公園古墳の彼岸花 最後に 古公園内の皇子原神社を納め 13時半過ぎ 隼人へ向かう。 ☆皇子原神社 祓川登山口がちょうど14時。 ここでも 数枚納めいざ出発。 ところが、 ペダルの変速ギアが 効かなくなった 重たい。 切り替えて全く変わらない。。 そう云えば 以前、切り替えがうまく出来ない ことがあったな。 すっかり忘れていた。 ☆祓川登山口 登り坂に差し掛かると 重たくて動かない。 これでは押した方が早いと。。 5kmを一時間かけ 緩やかな坂を登って御池へ。 ☆御池からの高千穂の峯 この辺りは、 酪農を振興されて団地が、 道路下に出来て 臭いが大変だ。 (少々風邪気味で毎日服用を続けている こんな時はなぜか臭いが判るのだ) どこかで 休もうと思ったのだが。。。 ま、押して歩いているからいいかと。。 ☆御池小学校 御池小学校前を過ぎ、 何とか荒瀬のT路までは 着たのだが、 既に午後4時、 樹林帯の帳は早い。 最後の登りは。。。 手前の蕎麦屋で 遅い昼食を食べたらすっかり登る 気力も失せて タクシーを手配して頂いた。 ☆蕎麦屋「流水苑」御夫婦 この辺りの蛍は凄いようだ。 店内に数枚飾ってあった写真は、 、蛍満開。 今年は6/15とあった。 伺うと 夜7時45分頃から8時45分頃が 見頃とのこと。 来年は ぜひ見物したいものだな。 午後4時半タクシーがきた。 早い、 帰宅はちょうど 午後5時のサイレンと同時だった。 運転手さんが しきりに以前乗せたが思い出せないと。。。 後で判ったが、 この5月、 財布を忘れて乗車し 翌日霧島神宮の事務所に持参した時 飲料水を勧められたんだったな。 ☆もう稲刈りの済んだたんぼも 当地はこれからだな。


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