朝6時起床し
7時から父の朝食を。
よく考えたら、
ちょっと早めに到着した方が
何かと都合が好い。
そこで朝食が終わって電話を。
予定の8時半を8時に
変更して貰った。
やはり
岩川へは一時間かかった。
早く出て好かったと
胸を撫でた。
岩川から月野へ出て
そこから小さな農道のような
山道を神社へ。
神社には9;15分頃到着した。
農道は南国特有のシラス土壌の
高台を鹿屋方面へ走っている。
ちょうどその中間辺りに
神社はあった。
赤い大きな鳥居が眼に入った。
鳥居の前には古墳らしきものが
あ、これが例の供養塚の
「千人塚」だな。
看板があったがちょっと
読み取れない。
☆「千人塚」北郷蔵人勢供養塚
神社は、
この鳥居から50m位下った谷にある。
今では高台の眺望のいい処に
宅地があるが、昔は水源の確保からして
やはり谷の方が好ましい。
うっそうとした樹林帯の山道を抜けると
境内が見えてきた。
☆参道口鳥居 |
☆参道
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既に準備は終わって
神事を待つだけの様子。
この神社の本宮
鹿児島神宮のお膝元から
伺いましたと
話したら、皆さん笑顔で
迎えて頂いた。
父も元気よく応えていたようだ。
☆拝殿前鳥居と手水鉢
「何時も御祭に出かける」
とお話でしたよと
氏子のお一人が。。
伺うとここの神主のお母上とか。
☆拝殿前で神主のご母堂
予定通り10時に神事が始まった。
氏子の方々と参拝者が数名
拝殿の続きにある社殿は
参加者で一杯となった。
拝殿側からいつものように
デジカメとビデオカメラを
廻した。
☆神事
30分位で神事は終わって
行列のため御鉾が
拝殿の前に並べられた。
全部で10本ある。
☆御鉾(王子鉾)
この鉾の役(法衣)は
古来より継承されていて
次のようだ。
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| 一の鉾役 | 神鏡鈴付 | 小山門 | |
| 二の鉾役 | 神鏡鈴付 | 仮屋門 | |
| 三の鉾役 | 神鏡鈴付 | 水之谷門 | |
| 四の鉾役 | 神鏡鈴付 | 大川原門 | |
| 一の王子役 | 面付 | 内山門 | |
| 二の王子役 | 面付 | 神牟礼門 | |
| 三の王子役 | 面付 | 内村門 | |
| 四の王子役 | 面付 | 迫門 | |
| 五の王子役 | 面付 | 大路門 | |
| 六の王子役 | 面付 | 有島門 | |
鉾が全部出されて
いよいよ出発だ。
鬱蒼とした参道の
急勾配を楚々と進む。
入り口の鳥居前で
また神事が行われた。
ここで、
其々のお旅所へ別れて
会いに出かける。
昔は行列が賑やかに進んだと
云われるが
氏子の減少した現在は
軽トラックの荷台に
鎮座されいざ出発。
それを見送って境内へ下った。
わざわざ遠方からお見えになったと
ごちそうの歓待には恐縮した。
☆並んだごちそう
お昼前だが
幾つかのごちそうを頂戴し
父には持参した
流動食を食べさせた。
お腹が空いていたと見えて
いつもの
『何か美味しい物無いかな』
と催促された割には
余食べなかったが。。
暫くしたら、
行列の方々がお帰りになった。
☆帰還した行列
無事ご帰還の
神事があって、
皆さんもお昼となった。
☆無事報告神事
美味しいごちそうを
お土産に包んで貰い
次の参拝地へ。
途中、お旅所の一つ
伊屋松の「石神堂」に
参拝する
☆伊屋松・石神堂
実は隣町の松山町に
鹿児島神宮の勧請社が
鎮座されているのだ。
ちょっと寄り道して
参拝することにした。
その神社は
松山城下町入り口に
鎮座する松山神社。
参拝し社殿を撮影する。
☆松山神社鳥居
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☆松山神社全景
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今日の予定はここまで。
後は帰途
弥五郎祭で有名な
岩川八幡神社へ。
☆岩川弥五郎
高台にある弥五郎の像の
前で写真でもと思ったが
暑いので私だけ見物し
父と八幡神社へ。
ここで拝殿前で父の撮影を。
☆岩川八幡神社
昼食がまだだったので
運転手さんお勧めの
食堂で軽く食事し
帰宅は4時前となった。
最高の祭日和
流石に陽射しが暑かった。
十年来の悲願だった
鹿児島神宮の分社
父と参拝できて
感無量だった。
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